最高裁判所第三小法廷 昭和46年(あ)1991号 判決 1972年3月14日
主文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中九〇日を本刑に算入する。
理由
被告人本人および弁護人高木輝雄連名の上告趣意第一の(B)について。
原審が、原審公判調書の正確性についての異議申立につき何らの措置もとつていない旨の主張を前提として違憲をいう点は、記録上、原審が適法に異議申立調書を作成していることが明らかであるから、前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。
次に、第一審裁判所の公判調書の記載に対する異議申立期間内に被告人から公判調書閲覧願が提出されたのに、第一審裁判所が公判調書を被告人に閲覧させる措置をとらなかつたため、被告人の、公判調書の正確性についての異議申立権の行使が妨げられた旨の主張を前提として憲法三一条違反をいう点について判断する。
第一審裁判所の公判調書の記載の正確性に対する異議申立期間内に、当時、弁護人がなく、かつ、勾留中であつた被告人から公判調書閲覧願が第一審裁判所に提出されたのに、同裁判所が公判調書を被告人に閲覧させる措置をとらなかつたため、第一審公判調書の記載の正確性につき異議の申立をする機会が被告人に与えられなかつたことは、記録上明らかである。
右の異議申立をする機会が被告人に与えられていない状況のもとにおいては、第一審公判調書の記載の正確性についての異議申立の対象事項およびその趣旨内容は知るによしないわけであるが、もし異議申立権行使の機会が与えられていたならば、異議申立事項の如何によつては、第一審公判調書の全部または一部の記載が刑訴法五二条の排他的証明力を失い、かつ、異議申立書および異議申立調書が、訴訟記録の一部をなし、ために、被告人および原審弁護人は、異議申立の趣旨内容にしたがい、原審で提出した控訴趣意と異なつた控訴趣意を原審に提出することができたかもしれない。
したがつて、原審は、第一審裁判所の過誤により第一審公判調書の閲覧が許されず、ために、被告人側に公判調書の記載の正確性についての異議申立権行使の機会が与えられていないことを、第一審の訴訟記録を受理したのちに知つた場合には、被告人側に第一審公判調書を閲覧させて異議申立権行使の機会を与え、異議申立があれば、異議申立書ならびに異議申立調書を第一審裁判所から追送させ、記録に編てつしたうえ、控訴趣意書差出期間を定め、手続を進行させるべきものであつたのである。
ところで、本件では、被告人が第一審裁判所に提出した公判調書閲覧願が、第一審裁判所および原審の過誤により、記録に編てつされていなかつたので、原審としては、第一審裁判所が被告人に公判調書の記載の正確性に対する異議申立権行使の機会を与えていなかつたことを、控訴趣意書差出最終日の通知を発した際には知り得なかつたものである。しかし、昭和四六年四月一四日提出の被告人本人の控訴趣意書中に、公判調書閲覧申立をしたが、第一審裁判所が閲覧させなかつたため、刑訴法五一条の申立ができなくなつた旨の記載があつたのであるから、この段階において、原審としては、第一審公判調書の記載の正確性についての異議申立権行使が妨げられているのであれば、異議申立の対象事項、趣旨、内容の如何によつては、本来適法になしえたかもしれない控訴趣意の主張が、適法になしえない事態になつているかもしれないおそれがありうることにおもいをいたし、異議申立権の行使が妨げられた事実の有無につき、職権で記録外の調査をもし、必要があれば、異議申立権を行使する機会を与えたうえ、控訴趣意書を再提出させるなどの措置をとり、審理をすすめるべきものであつたのである。したがつて、記録外の調査を尽くさず、異議申立権の行使を妨げたまま、審理をすすめて判決した原審の手続には、訴訟手続上の違法があり、右違法は、判決に影響を及ぼす可能性があるものであることは否みがたい。
ところで、判決に影響を及ぼすことが明らかでない訴訟手続の違法があつたからといつて、その判決が憲法三一条にいう法律の定める手続によらなかつたものであるということができないこと、および、訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかかどうかは、当該事件について具体的に諸般の状況を検討して判断すべき問題であり、訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼす可能性があるというだけでは足りないものであることは、昭和二六年(あ)第一六八八号、同三〇年六月二二日大法廷判決、刑集九巻八号一一八九頁の判示しているところである。
本件のごとく、第一審の公判調書の記載の正確性についての異議申立権の行使が妨げられている場合には、第一審公判調書の記載については、刑訴法五二条の証明力が排除されると解せられるのである(昭和三〇年(あ)第二四三〇号、同三三年二月二八日第二小法廷決定、刑事裁判集一二三号四六三頁)が、本件についての具体的諸般の状況を検討するため、第一審手続の推移をみるに、第一回公判廷では、被告人は、共犯者として訴追された二人の相被告人とともに、起訴事実をそのまま認め、検察官申請の全書証(被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書を含む。)が、同意書面として取り調べられ、第一審判決には、証拠として、これら書証の大部分が掲記されている。そのうち、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書を除くその余のものについて、被告人および原審弁護人が、適式な取調を経ていない旨の主張を原審でした形跡は全く認められないから、刑訴法五二条の証明力が排除されていることを前提としても、同意書面として適式に取り調べられたものと認めるほかはない。また、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書については、原審における取調の結果に徴すれば、その任意性に疑いはないから、これまた、適式に取り調べられたものと認められる。その後の被告人関係の審理の経緯をみるに、第三回公判廷では、被告人本人および第一審相被告人大谷治美の各質問が行なわれ、第五回公判廷では、第一審判決が証拠の標目中にその供述を挙示していない証人横尾博之、同村林靖彦両名の取調の後、被告人質問および被告人の最終陳述が行なわれている。第一審判決は、証拠の標目中に、被告人の公判廷における各供述および相被告人大谷治美の供述を掲記しているが、これらの供述についての公判調書の記載が正確性を欠くと仮定し、これらを除外してみても、第一審判決挙示のその余の証拠により、第一審判決の判示各事実は優に認定しうるものであり、また、被告人に対する量刑も相当なものと認められる。
以上検討し本件の具体的諸般の情況に鑑みれば、第一審公判調書の記載の正確性についての異議申立権行使の機会が与えられなかつた違法は、本件原判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の違法とは到底認められないから、所論憲法三一条違反の主張は、前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。<以下略>
(田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)